訪問時(2013年12月28日)、知念グスク跡は修復工事中でした。駐車場に車を止め、城跡に向かう途中、右手に「ノロ屋敷跡」がありました。知念城跡は、野面積み石垣で囲まれた古城に、切石積の城壁をめぐらした新城が連なっています。城壁には正門、裏門のアーチ形城門があり、補強用木材で支えられていました。郭内には、火の神、焚字炉、久高島の遙拝所などがあり、琉球王府の宗教的儀式と結びついた城です。東御廻りの拝所の一つであり、現在でも、多くの参拝者が訪れる拝所です。
01-1228 0知念城跡
02-1228 知念城跡
03-1228 知念城跡
「知念(ちねん)城跡 国指定史跡…知念城跡は、ミーグスク(新城)とクーグスク(古城)とよばれる二つの郭からできています。クーグスクは古い野面積みで囲まれ、一番高い岩山の上に立地しています。ミーグスクは、二つの門と石垣で囲まれた郭です。正門を入ると、『火の神』が祀られている小さな祠がみえ、さらにその奥には『友利御嶽(ともりうたき)』があります。友利とは、『名高く尊い』という意味があります。 知念城跡内には、1761年から1903年に至るまでの間、知念番所(ちねんばんじょ、間切の役所)が置かれました。現在の火の神は、番所が移動した後に地域の人々が祠をつくり、祀ったものです。 この御嶽や火の神には、地元だけでなく県内全域からの参拝客も多く訪れ、東御廻り(アガリウマーイ)の拝所となっています。 知念城跡では、現在史跡整備事業を進めており、それに伴う調査で18世紀を中心とした様々な資料が確認されています。 昭和47年5月15日指定 沖縄県南城市教育委員会」
04-1228 知念城跡案内板
05-1228 知念城跡案内板
06-1228 史跡 知念城跡
07-1228 史跡 知念城跡
「史跡 知念城跡 昭和47年5月15日…この城は、二つの部分からなっています。一つは東南部の古城で高所に1〜2メートルの野面積みの石垣で囲まれ、内部はうっそうとした森となっています。ここは『おもろさうし』に『ちゑねんもりぐすく』と謡われた霊場です。この古城の西方に高さ3メートルの切石積の城壁をめぐらした新城が連なります。城壁の東に正門、北に裏門とアーチ形の城門をひらき、郭内には、沖縄の開闢伝説で名高い久高島の遙拝所があります。 この新城は尚真王の異母兄弟にあたる内間大親が築いたといわれていますが、真偽は不明です。知念城は古くは代々の知念按司の居城でもあったと思われますが、それがたんなる城郭ではなく、『あまみきよ』の伝説と尚真王の権威とが結びついたいわば宗教的城という意味で重要です。 沖縄県教育委員会 昭和53年3月31日」
08-1228 ノロ屋敷跡
09-1228 ノロ屋敷跡
10-1228 ノロ屋敷跡
11-1228 ノロ屋敷跡
12-1228 ノロ屋敷跡
13-1228 正門
14-1228
15-1228 焚字炉
16-1228 立入禁止
17-1228 裏門
18-1228 修復工事中
19-1228 修復工事中
20-1228 修復工事中
21-1228 標識
22-1228 ウファカル
23-1228 ウファカル
「ウファカル…知念大川の後背地にあり、玉城の『受水(うきんじゅ)・走水(はいんじゅ)』とともに稲作発祥の地と伝えられている場所です。1713年に成立した『琉球国由来記』(各地の資料を整理・編集した地誌)には、ニライカナイからアマミク神が稲の種子を持って来たと記されています。 ウファカルは知念城跡に近く、往時の水源地としても重要な場所でした。数十年前まで辺り一面に水田が広がっており、知念城跡に関する祭祀場としても大切な場所です。崖の中腹には『知念按司の墓』、その周辺には古屋敷跡も残っています。 南城市」
24-1228 ウファカル
25-1228 知念按司の墓
「知念村指定・史跡 知念按司の墓 平成八年五月一日指定 所在地 字知念上クルク原一一四八−一〇…知念城跡の北西、標高百十mの琉球石灰岩断崖斜面に位置する。地元では按司墓と呼ばれ、知念を治めた按司とその家族の墓と伝えられる。墓の前庭部と階段は成形され、墓口には一枚の楯をのせ、石積みで閉じている。 平成八年五月九日 知念村教育委員会 文化財を大切にしましょう」
26-1228 知念按司の墓
「南城市指定・史跡 知念按司の墓 平成八年五月一日指定 所在地 字知念上クルク原一一四八−一〇…知念城跡の北西、標高百十mの琉球石灰岩断崖斜面に位置する。地元では按司墓と呼ばれ、知念を治めた按司とその家族の墓と伝えられる。墓の前庭部と階段は成形され、墓口には一枚の楯をのせ、石積みで閉じている。 平成二十四年十一月設置 南城市教育委員会 文化財を大切にしましょう」
27-1228 知念按司の墓
28-1228 知念按司の墓
29-1228 知念按司の墓
30-1228 知念大川
31-1228 知念大川
32-1228 知念大川
「知念大川の水源地は後ろの崖下にある『ウファカル』と呼ばれる湧泉で『中山世鑑(ちゅうざんせいかん、1650年)』には『アマミキヨが知念大川後ろの田と玉城の受水走水(うきんじゅはいんじゅ)に稲を蒔(ま)いた』と記されています。このことから、知念大川は琉球国王が自ら参拝する聖地とされ、現在の東御廻りに受け継がれています。」
33-1228 知念大川
34-1228 知念大川
35-1228 知念大川
36-1228 知念大川
37-1228 修復工事中
38-1228 修復工事中
39-1228 修復工事中
40-1228 久高島方面に虹