Kさんの行きつけの八百屋があります。「店員は無愛想だが、子どもが熱心だから買いに行く」と言っていた店です。彼の話に興味を持ち、何度か買い物をするようになりました。
2010年6月9日のことです。店に並んでいる野菜や果物を撮りたいと思い、カメラを持って行きました。そして、「写真を撮っていいか」と英語で尋ねたところ、何を思ったのか、彼が一人芝居を始めました。
写真1
客もいないのに、野菜を秤にのせ、「さあ、撮ってくれ」という感じなのです(写真1)。それを撮った後、店に並べられている野菜や果物を一つずつカメラに収めていきました。
オレンジ、レモン、スモモ、イチゴ、バナナ、リンゴ、青リンゴ、メロン、アーモンド、キウリ、トマト、サラダ菜、ジャガイモ、タマネギ、ムラサキキャベツ、ユウガオ、インゲン、ニンジン、シシトウ、ピーマン、ナス(紫)、ナス(緑)等です。そのうちに、子どもたちが集まってきて、写真を撮ってくれと言いました。4人の中に、彼の子どももいるようです(写真2)。
写真2
子どもたちを撮っていると、今度は、受話器を取り、「……タマーム……」と言いながら、また一人芝居を始め、「早く撮ってくれ」と促しています。Kさんの言っていた無愛想な男は、役者の一面も持ち合わせていたのです。
数日後、野菜、果物、彼と子どもたちの写真を編集、プリントアウトし、ケースに収めて手渡したところ、とても喜んでくれました。その日は彼の父親も一緒で、その様子を羨ましそうに見ていました。
彼は、周りが子どもたちだけの時と父親も一緒の時では、態度が全く異なります。王様から孝行息子になった感じです。
半年後、新しい店員に変わりました。今度の店員は几帳面で、きれい好きです。壁にお気に入りのポスターを貼り、品物を整然と並べ、床はきれいに保たれています。午後6時頃、毎日店内を清掃し、野菜くずをまとめ、引き取りにきた業者に渡すのです。
2011年1月初旬、「尺八レッスン」の帰りに八百屋に寄り、野菜と果物を買い、支払いを済ませ、帰りかけました。
その時、彼が、バッグの中の「尺八」を見つけ、「これは何だ」と聞くので、「プラスチック尺八だ」と答え、試し吹きをしました。彼は、「日本人が面白いことをする」と両隣の店員を呼びました。そこで、童謡を2曲吹いたところ、「自分も吹いてみたい」と音だしに挑戦するのですが、なかなか音が出ません。ビニールパイプを切り、唄口を半月状にし、孔を開けただけの筒から音が出るのを不思議がっています。
その後、買い物に行くたびに、「今日は笛を持っていないのか」と言われました。
写真3
2011年3月3日、尺八演奏と撮影準備をして八百屋に行きました。買い物を済ませた後、三脚にカメラを固定し、「しかられて」「荒城の月」を吹きました。彼は、それを、携帯電話で撮影しています(写真3)。その後、家に帰り、動画から取り出した写真を2枚プリントアウトし、約30分後、店で手渡しました。彼は「Thank you」と言いました。初めて聞いた彼の英語です。彼はこれまでアラビア語だけで応答していたのです。